弁才船(べざいせん)という言葉を聞いたことがありますか?
千石船(せんごくぶね)、北前船(きたまえぶね/きたまえせん)、菱垣廻船(ひがきかいせん)なら聞いたことがあるかもしれません。
天下泰平の江戸時代は、日本全国で商品流通が盛んになり、米・酒・肥料・木綿・古着・食器など、様々な商品が遠くの地に運ばれて取り引きされました。
遠いところへ大量の荷物を効率よく運ぶために、大きな荷船(にぶね=貨物船)が使われました。
なかでも有名なのは、松前(北海道)―日本海―瀬戸内海―大坂(大阪)の航路で北海道の昆布やニシンを各地に運んだ北前船と、大坂―江戸の二大都市を結んで多くの荷を運んだ菱垣廻船でしょう。
運ぶ量によって荷船の大きさはいろいろありましたが、大きなものは千石船と呼ばれました。船の大きさは、積むことのできる米の量で表しました。千石は約150トン。米1俵は約60キロなので、千石積の船なら2,500俵を積むことができるということになります。
ただ、千石船という言い方は、実際には千石積でなくても「大きい船」という意味で使われた俗称のようです。
荷船は地域ごとにいろいろな種類がありましたが、長距離を航海する荷船は、効率の良い型のものが次第に全国で使われるようになりました。これが弁才船です。
つまり、弁才船とは、日本全国で長距離大量輸送に使われた型の船、ということです。
